最近、長らく品切れとなっていたS&Grafの携帯天幕が再販され、入手する機会がありました。
そこで、私の手元にある実物の携帯天幕と比較してみたいと思います。
結論から言うと、気兼ねなく実用できるレプリカとしては十分おすすめできます。
ただし、雨覆として羽織ったり、複数枚を連結して幕舎として使用する場合には、紐の調整が必要になります。
携帯天幕は、明治36年の制定以来、大きな改定もなく長く使用され続けました。携帯天幕に関する一次史料としては、『携帯天幕制式及使用法』1が参考になります。幕布・支柱・控杭の仕様に加え、雨覆としての羽織り方や各種幕舎の構築方法が記されています。巻末の図面だけでも一見の価値があります。
サイズと外観
私の所持している実物の携帯天幕は2枚あります。
1枚は検定印がないため正確な年代は不明ですが、全てのハトメがアルミニウム製であることから、大東亜戦争前半期のものと考えられます。もう1枚は昭和19年製で、四隅を除くハトメが革製となっています。戦争後期には資源不足の影響で、ハトメの一部、あるいはすべてが革製に切り替えられていました。以降、本記事では前者を「初期型」、後者を「後期型」と呼ぶことにします。
携帯天幕の仕様には、携帯天幕は「各辺一米五〇の正方形とす」とありますが、実測の結果は以下の通りでした。
- 前期型:141cm×149cm
- 後期型:148cm×148cm
- S&Graf:134cm×147cm
携帯天幕の生地は木綿と麻の交織なので、実物は少し縮んでいる可能性があります。
S&Graf製が「正方形ではない」というのは他の方のレビューでも見ましたが、実は私の前期型も正方形ではありませんでした。どうやら実物もけっこう大雑把に作られていたようです。とはいえ、S&Graf製は差が13cmもあり、ぱっと見で長方形と分かるレベルです。
生地の質感について、実物はかなりゴワゴワ、カサカサしています。それに対してS&Graf製は肌触りが良いです。おそらく実物には麻が混ざっているため、ゴワゴワしているのでしょう。
生地の色味については、S&Graf製はかなり良くできていると思います。この程度の色の差であれば、製造時期や製造場所、あるいは使用による日焼けや退色によるものでも十分ありえそうです。
赤丸を付けた部分は、紐が欠けている箇所です。私の実物2枚には、張綱が欠けていました。張綱は、以下の写真だと中央を横切るように通す長い紐のことです。雨覆として羽織る際には腰紐として使われ、天幕を設営する際には文字どおり天幕を張るために使用されます。また、天幕を畳むときには杭をまとめて縛る用途にも使われます。固定されていないため、やはり紛失しやすいようです。
S&Grafのレプリカは、雨覆として使うときの頸紐、張綱、そして各辺の中央の紐がありません。また、紐は実物よりも太いです。
ちなみに、頸紐の方はよく見ると生地に縫い付けられており、紛失する心配はなさそうです。また、紐の末端の処理も特別で、結ぶのではなく糸を巻いて固定されています。
蹄係
携帯天幕の2辺には、それぞれ7本の紐が出ています。これは、天幕同士をつなぎ合わせる際に使用する紐で、仕様書では「蹄係」と記されています。材質は麻です。
そもそも麻紐は綿紐に比べて耐久性が高く、腐食しにくい素材です。一方、S&Grafの紐は、触った感じが柔らかく、引っ張ると多少伸びる弾性があることから綿紐のように思えます。
この蹄係は長さが重要で、正しい長さでないと天幕同士をつなぎ合わせることができません。S&Graf製の蹄係は長すぎるため、使用するには短く調整する必要があります。以下は仕様書にも図示されている携帯天幕の連接法です。
以下は携帯天幕の左下の角を比較したものです。紐の質感や太さの違いが分かると思います。
実物では、用途によって微妙に太さの異なる紐が使い分けられており、蹄係には約3mm、天幕を地面や支柱に固定するための紐には約4mmのものが使用されています。
詳細比較
携帯天幕の右下部分をもう少し詳しく見てみます。上から後期型、前期型、そして S&Graf 製です。
ここまでクローズアップすると、生地の質感の違いがはっきりと分かります。ただし、色味についてはそれほど悪くない印象です。S&Graf の生地には斜めに畝のような模様が走っており、いわゆるツイル生地で、デニムやチノなどに用いられる織り方です。
ハトメを確認すると、実物では大きなハトメが正方形の中央に位置していますが、S&Graf 製は左上に寄っています。この部分は連接時に重なり合う箇所となるため、この配置では重ねにくいのではないかと思われます。
右端をきれいに揃えて比較してみました。横方向の長さは、後期型 148cm、前期型 149cm、S&Graf 製 147cm と、ほぼ同じです。しかし、S&Graf 製だけ蹄係の穴の位置がずれており、このままでは実物と連接するのは難しいでしょう。
紐の結び方については、S&Graf 製もほぼ正確です。写真では初期型の蹄係だけ付け方が異なっているように見えますが、これで正解です。この蹄係は特殊な結び方がされており、表側にも裏側にも引き出せる構造になっています。この初期型は入手した時点で裏側に引き出されていたため、そのままにしています。
以上、携帯天幕の比較でした。
S&Graf 製の携帯天幕も、見た目にはほとんど違和感がなく、気兼ねなく汚せる普段使い用の天幕としてはなかなか優秀だと思います。
ただし、紐の仕様がどうにも気になるので、次回は付け替えの加工をしてみたいと思います。
脚注
- 「携帯天幕制式及使用法」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08070626900、明治36年 陸達綴(防衛省防衛研究所) ↩︎