防寒大手袋は、特殊地方用被服に分類される防寒被服で、極寒地域で使用されます。防寒外套や防寒帽などと一緒に使用される装備です。
防寒大手袋には複数のバリエーションが存在します。昭和4年制定の「特殊地方用被服制式に関する件」1には自動車運転用防寒大手袋が図示されており、昭和13年の「服制並びに装具の中改正」2には、作業用防寒大手袋および通信手用防寒大手袋が記載されています。
図面から読み取れる主な相違点は、以下の通りです。
- 防寒大手袋
- ミトン型で、人差し指のみを独立させるための指部が設けられています。通常はミトンとして使用しますが、必要に応じて人差し指をその指部に入れることで、親指と人差し指の二本を自由に動かすことができます。これは銃の射撃など、人差し指を使用する動作を想定した構造と考えられます。
- 自動車運転用防寒大手袋
- ミトン型で、右手のみに人差し指を独立させるための指部が設けられています。昭和13年の改正資料には掲載が見られないことから、通常型の防寒大手袋で代用可能と判断され、廃止された可能性が考えられます。通常型であれば両手の人差し指を自由に動かすことができるため、運用上も特段の支障はなかったものと思われます。
- 作業用防寒大手袋
- 人差し指が独立した構造となっており、親指・人差し指・その他の指の三分割形状をしています。主に戦車兵などが使用した型とされています。あくまで私見ですが、人差し指用の指部を使わずに垂らしたまま作業を行うと、機械に挟まれたり巻き込まれたりする危険があるため、このような構造になったのではないかと考えています。
- 通信手用防寒大手袋
- 通信手用は、五本指が分離した手袋型となっています。通信機を操作するには細かな指の動きが必要となるため、このような形状が採用されたのは当然といえるでしょう。
実物の防寒大手袋は、以下のようなものです。質感や色味には個体差があり、さまざまな仕様が存在するようです。いずれの個体にも検定印は見当たらず、サイズ表記も確認できませんでした。寸法から判断すると、大きめのワンサイズのみで支給されていた可能性があります。
防寒大手袋には左右をつなぐ長い紐が付いており、この紐を防寒外套の肩付近に設けられたループに通すことで、手袋の紛失を防ぐ構造となっています。自動車運転用にも同様の紐が備えられていますが、それ以外の型には紐は付属していなかったようです。
防寒大手袋全体は、厚手の羅紗様の毛織物で作られています。生地は分厚く、防寒性は高いものの、指を柔軟に曲げることはあまりできません。一方、人差し指部分は綿系の生地で作られており、やや薄手で柔軟性が高く、比較的細かな操作が可能となっています。
以下の個体では、人差し指部分の色が左右で異なっています。経年による変色なのか、あるいは製造当初からの差異なのかは判然としません。なお、内部は毛皮仕様となっています。
こちらの個体は、全体的に緑味の強い色合いをしています。内部はオレンジ色の強い人造毛皮仕様となっています。
防寒大手袋は、実は零下10℃を下回るような環境で用いられる装備で、それ以前の寒冷環境では毛メリヤス製(羊毛ニット)の手袋が使用されます。
また、防寒大手袋を着用する際には、その下にこのような防寒手袋を重ねて着用します。形状は現代の軍手に似ていますが、生地はより厚く目が詰まっており、保温性が高い作りです。さらに、手首部分が非常に長い点も特徴といえます。
これまで紹介してきた極寒装備を着用する前段階として、防寒襦袢、防寒袴下、防寒手袋、防寒靴下などが身に着けられます。これらも一式所持していますので、いずれ改めて紹介したいと思います。
脚注
- 「特殊地方用被服制式に関する件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C01001082500、永存書類甲輯第1類 昭和4年(防衛省防衛研究所) ↩︎
- 「陸軍服制第5條に依る服制並装具の制式中改正の件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C01001561600、永存書類甲輯 第1類 昭和13年(防衛省防衛研究所) ↩︎











