包帯嚢と医療嚢

  • 投稿の最終変更日:2024年2月19日
  • 投稿カテゴリー:被服 / 装備
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前回の記事で、衛生兵の着装例について紹介をしました。ここでは、日本陸軍の衛生部の下士官兵が携帯していた包帯嚢(繃帯嚢/ほうたいのう)と医療嚢(醫療嚢/いりょうのう)について、一次史料等にもあたりながら詳しく見ていきたいと思います。

支給対象者

大東亜戦争期に使用された茶色い革製鞄の包帯嚢および医療嚢は、日露戦争後の明治40年(1907年)に制式化されたもので、四十年式包帯嚢、四十年式医療嚢と呼びます。日露戦争以前の史料においても、これら2種類の嚢は区別され、それぞれ手配されている1ことが見て取れます。また、昭和9年に関東軍が衛生材料を手配した書類2にも四十年式包帯嚢と四十年式医療嚢が登場しています。

明治40年の「衛生材料に関する意見」3という報告書の中に、包帯嚢と医療嚢に関する定義がなされていました。時代が下るにつれて改正が入っていると思われますが、この史料が四十年式包帯嚢、四十年式医療嚢制定時の基本になったと考えられます。

この史料によるとそれぞれの支給対象者は以下のようになります。

  • 包帯嚢の支給対象者
    • 戦時高騰司令部に配属された看護手
    • 隊附看護手
    • 担架卒
  • 医療嚢の支給対象者
    • 部隊附(病院附を除く)看護長

看護手は兵、看護長は下士官のことを指します4ので、包帯嚢は兵が携帯し、医療嚢は下士官が携帯していたということになります。

嚢の内容物

包帯嚢と医療嚢の中身について、明治40年の「衛生材料に関する意見」から引用しておきます。当時の薬等の名称が難しく何のことかわからなかったため、GHQに提出された衛生材料表にある英語との対訳表5 6 7を元に調査しました。面白いことにこの史料の中で包帯嚢はBank medical kitと書いてありました。

包帯嚢

品目員数
芳香メントール精1瓶
昇汞ガーゼ(しょうこうガーゼ)10包
止血帯1個
体温計1個
護謨絆創膏(ゴムばんそうこう)1巻
縮織製巻軸帯(ちぢみおりせいかんじくたい)4裂10個
8裂4個8
雑用剪(ざつようはさみ)1個
雑品嚢1個
ジャックナイフ1個
木製薬杯(もくせいやくはい/コップ)1個
鞘付鉛筆1本
死傷日誌1冊
鋼鍼メッキ安全針10個
報告用紙封筒付10枚

医療嚢

品目員数
芳香メントール精1瓶
昇汞ガーゼ(しょうこうガーゼ)10包
止血帯1個
体温計1個
護謨絆創膏(ゴムばんそうこう)1巻
縮織製巻軸帯(ちぢみおりせいかんじくたい)4裂10個
8裂4個
雑用剪(ざつようはさみ)1個
雑品嚢1個
ジャックナイフ1個
木製薬杯(もくせいやくはい/コップ)1個
鞘付鉛筆1本
死傷日誌1冊
鋼鍼メッキ安全針10個
報告用紙封筒付10枚
健胃錠(けんいじょう/胃薬)50個
撒曹錠(さんそうじょう/サリチル酸ナトリウム)60個
莫比錠(もひじょう/モルヒネ)10個
甘汞錠(かんこうじょう/塩化第一水銀)10個
坨氏錠(詳細不明)50個
滅菌カンフル液10個
滅菌莫比液(もひえき/モルヒネ液)10個
固形石鹸精1鑵
壓搾脱脂綿球(あっさくだっしめんきゅう)50個
皮下注射器1具
 子(せっし/ピンセット)1個
消息子(しょうそくし/ゾンデ)1個

レプリカの入手方法

包帯嚢と医療嚢は似たような茶色の革製の鞄ですが、決定的な違いが一点あります。この2種類は、付されている赤十字章の形で識別が可能で、楕円に赤十字がついているのが包帯嚢、四角に赤十字章がついているのが医療嚢です。

包帯嚢や医療嚢は、稀に実物がヤフオク!等に出品されることがありますが、入手は難しいでしょう。私の知る限り、レプリカは以下の選択肢があります。

  • 中田商店
    • 包帯嚢と医療嚢の2種類がラインナップにあったが、現在は在庫切れで入手不可
    • ヤフオク!等で中古を探す必要がある
    • キャンバス製の空挺部隊用の包帯嚢もラインナップに存在したが、こちらも品切れ(2018年頃、御徒町店にフラッと寄った時に店頭で見かけたが素通りしてしまい、後から激しく後悔した…)
  • S&Graf
    • 「陸軍用革製メディックバック」という名称で、楕円に赤十字の包帯嚢型が販売している(2023年現在)
    • 残念ながら医療嚢型はない

S&Grafのおかげで衛生兵の軍装は比較的揃えやすいと思います。衛生下士官の軍装がしたい場合は、四角い赤十字章の医療嚢を根気強く探すか、S&Grafの包帯嚢を改造するのがよいと思います。

補足:赤十字臂章

赤十字の臂章(ひしょう)は、HIKISHOPで購入することができます。この赤十字臂章の右上には「陸軍省印」というスタンプが押してあるのですが、私の入手した個体は文字がかすれていてほとんど読めなかったので、赤い油性ペンでレタッチしました。

ただし、陸軍省の「省」の文字がちょっと間違っていて、左上に余分な縦棒が突き抜けているのと、左の垂が短いです。垂が短いのは油性ペンで書くだけなので楽ですが、余分な線はシンナーで落とすなど上手くごまかす必要があります。以下に修正後の写真を載せておきますのでご参考まで。

脚注

  1. 戦用衛生材料検査報告の件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C02030423500、軍事機密受領編冊1/3明治33.07~33.12(防衛省防衛研究所) ↩︎
  2. 関東軍各隊医務室用衛生材料等購買の件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C04011747900、昭和9.1.15~9.1.22 「満受大日記(普) 其1 2/2」(防衛省防衛研究所) ↩︎
  3. 衛生材料に関する意見」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C10071820000、明治40年 号外軍制調査報告書 秘(防衛省防衛研究所) ↩︎
  4. 昭和12年(1937年)に陸軍武官官等表が改正されるまでは、兵科以外の階級名は「陸軍一等看護長」(=陸軍衛生曹長)や、「陸軍二等看護兵(昭和12年時点では看護手ではなく看護兵)」(=陸軍衛生二等兵)等と呼ばれていた。 ↩︎
  5. THE LIST OF MEDICAL MATERIAL(常用衛生材料表)/(器械)」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C15010848300、軍需品保管転換(払下)書 1/2 昭和20.08~12(防衛省防衛研究所) ↩︎
  6. THE LIST OF MEDICAL MATERIAL(常用衛生材料表)/(薬物)」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C15010848400、軍需品保管転換(払下)書 1/2 昭和20.08~12(防衛省防衛研究所) ↩︎
  7. THE LIST OF MEDICAL MATERIAL(常用衛生材料表)/(消耗品)」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C15010848500、軍需品保管転換(払下)書 1/2 昭和20.08~12(防衛省防衛研究所) ↩︎
  8. 4裂・8裂というのは巻軸帯の幅を指し、4裂は幅が7cm程度のもの、8裂は幅が3.5cm程度のもの ↩︎