赤十字臂章

  • 投稿の最終変更日:2024年11月21日
  • 投稿カテゴリー:被服 / 装備
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衛生兵や従軍看護婦1が左腕につけていた赤十字臂章(ひしょう)の実物を入手しました。赤十字臂章のレプリカは、HIKISHOPのものが一番簡単に手に入ります。本稿では、赤十字臂章の変遷と、実物の赤十字臂章とHIKISHOPのレプリカの比較についてまとめたいと思います。

赤十字臂章の変遷

明治41年制定赤十字臂章

アジア歴史資料センターの史料に当たると、明治41年(1908年)の陸達第六十二号2でその詳細が制式化されています。タイトルが「赤十字臂章改正の件」となっていますので、これ以前にも赤十字臂章は存在していたようです。包帯嚢や医療嚢の制式化も明治40年ですので、日露戦争の戦訓を受けてこの時期に衛生関係のものが整備されていったのではないかと思われます。

明治41年制定の赤十字臂章は、将校と下士官兵で材質が異なります。赤十字条約第21条に基づいて、管理をする部隊などの印が右上に押されます。この印は、陸軍省、参謀本部、台湾総督府陸軍部、関東都督府陸軍部、韓国駐箚軍司令部、またはそれぞれの師団司令部の印が押されたようです。取り付ける場所は、左袖の上部の外側に、他の徽章がある時はその下にして、臂章の周囲を縫い付けるとあります。引用した史料の中に、実際の図解が載っていますので参考にしてみてください。

  • 将校同相当官
    • 白地:白絨裏白金巾(表は白絨で裏は白金巾)
    • 赤十字:緋絨
  • 下士兵卒
    • 白地:白生雲斉二重(「白生雲斉」と書いてあるようだがどんな生地か不明)
    • 赤十字:緋絨
  • サイズ
    • 長:6寸(18cm)
    • 幅:4寸(12cm)
    • 赤十字長径:4寸(12cm)
    • 赤十字短径:3寸(9cm)
    • 赤十字幅:5分(1.5cm)

昭和14年制定赤十字臂章

昭和14年(1939年)に赤十字臂章が改正3されました。改正の理由は以下の2点です。ただ、この改正以降も、明治41年制定の赤十字臂章は当分の間使用してもよいと書いてありました。

  • 赤十字条約第21条に基づいて必要な印章に、動員部隊等の管理部隊の印章を押すことは防諜上よくないので、全部陸軍省の印章に変更する
  • 戦時必需品である絨品の節約をする

将校と下士官兵で材質の差がなくなり、以下のように改められました。サイズについては、寸からセンチに表記が変わっただけで、変更はありません。附着法も変更はなく、引用史料の中に図解が載っていますので参考にしてください。

  • 材質
    • 白地:白色布二重
    • 赤十字:緋布
  • サイズ
    • 長:18cm
    • 幅:12cm
    • 赤十字長径:12cm
    • 赤十字短径:9cm
    • 赤十字幅:1.5cm

レプリカとの比較

実物赤十字臂章

それでは、実物の写真を。史料からわかる通り、これは昭和14年制定の赤十字臂章です。

白地部分は、やや黄ばんだ白い帆布でできています。生地はやや硬めで、ノリをつけてあるかのようにパキッとしています。新品未使用のデッドストック品と思われます。

赤十字部分は、赤というよりは朱色に近い鮮やかな羅紗です。階級章に使われるものと同じ色です。裏面には製作者印と思われるものが押されていますが、かすれていて判読できませんでした。

レプリカとの比較

HIKISHOPのレプリカとの比較です。上が実物、下がレプリカです。

白地の幅は同じですが、レプリカは高さが若干短いです。ただし、実物でもサイズの誤差などがあった可能性もありますから、HIKISHOPが参考にしたものがこういうサイズだった可能性も否定できません。生地の色味はとてもよく似ています。

現代でも、白い帆布製の鞄などを使い込むと黄ばんできます。汚れだけでなく、紫外線の影響もあるそうです。実際に当時の衛生兵が身に着けていたものもやや黄ばんでいたと思われます。

一番大きな違いは、赤十字の色です。レプリカの方は、紅に近い濃い赤色をしています。レプリカは、赤い生地の端にほつれが見られることから、羅紗やフェルトのようなものではなく、織った生地で作られているようです。

陸軍省印

最後に、右上に押されている「陸軍省印」のスタンプについて。臂章を左腕に縫い付けるときは、このスタンプがある場所を右上にしないと上下逆さまになってしまいますから、気を付けましょう。

読みにくい字体ですが、右上が「陸」、右下が「軍」、左上が「省」、左下が「印」となっています。実物の方は、実に日本的な朱色の朱肉を使って押されています。HIKISHOPのレプリカは、元々このようなピンク色っぽい赤のスタンプで、字がかすれてほとんど読めず、また一部文字が間違っていたため、私が油性ペンで書き直しました。特に、左上の「省」が間違っていたので書き換えてあります。

ちなみに、明治41年の「赤十字臂章改正の件」には、「羅紗、木綿捺印方法」としてスタンプインキの成分が細かく記載されています。

  • 羅紗用不消スタンプインキ
    • 飽和過満俺マンガン酸カリ液(大絇過満俺酸カリ4 1分+水 15分):10cc
    • 5倍苛性ナトロン液:6滴
    • 使うときに新製して使用せよ
  • 木綿用不消スタンプインキ
    • 20%硝酸銀水
    • 褐色瓶に貯蔵するが、なるべく新製して使用せよ
    • 本インキで捺印した後は、十分に直射日光で焼いて現像するように

精密複製の作成

HIKISHOPのレプリカの細部がどうしても気になってしまい、自分でレプリカを作成してみました。十字や陸軍省印の色も、満足できるレベルにできたかなと思います。陸軍省印は自分で版元データを作って発注しました。

同時に、昭和18年制定の衛生部識別章も作成しました。以下の画像のように、階級章の下に付けます。

赤十字臂章と衛生部識別章のセットで、ヤフーオークションに出してみようかなと思います。

まとめ

以上、赤十字臂章の変遷と、HIKISHOPのレプリカのレビューでした。

HIKISHOPのレプリカには細かいところにケチを付けましたが、概ねよくできていると思います。ですが、やっぱり十字と印の色味が気になってしまって、ついには自作してしまいました。どれくらい需要があるのかわかりませんが、少し多めに作ってみましたので、ヤフーオークションで提供してみようかと思います。

脚注

  1. 当時の歴史用語として、看護師ではなく、看護婦。日本で看護職を男女関係なく看護師と呼ぶようになったのは2002年頃から。 ↩︎
  2. 赤十字臂章改正の件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C06084562900、明治41年乾「貳大日記9月」(防衛省防衛研究所)※アジ歴の史料では、「赤十字肩章」となっているが「赤十字臂章」の誤読 ↩︎
  3. 戦時陸軍に於て使用する赤十字臂章の制式及附着法の件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C01001766000、永存書類 甲輯 第5類 第2冊 昭和14年(防衛省防衛研究所) ↩︎
  4. 過マンガン酸カリウム(KMnO₄)のことだろう。「大絇」が何なのかわからない。 ↩︎